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只今、鯛焼き中“遊民”の夢 ケンズ井上(けんず・いのうえ)さん

奈良町写真

店内から厨房のほうを見る。柔らかな照明が町家にはぴったりだ。

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厨房から待ちスペースを見る。絵本は自由に手にとることができる。本(中古)の販売も行う。

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一丁焼器が4台ずらりとガスバーナーの上で待機する。

家はキャンピングカー!? “遊民”的ライフスタイル

もうひとつの側面が井上さんにはある。じつは、全長25フィート(7.6メートル)の大型キャンピングカーを所有し、1年のうちに半分近くそこで生活を送っているというのだ。クルマは、富士5湖の一つ山梨県の河口湖町西湖に年間契約をして駐めてある。すでにそこで、キャンピングカーを改造し、鯛焼きと絵本の販売を実践済みだった。キャンピング場で、鯛焼きを売るという珍しさも重なって評判となり、店は繁盛したという。

「朝、野鳥の声で目覚めるんですよ」そう言って笑う。まるで、ジプシーや旅芸人のような“遊民”的ライフスタイルだ。

家を持つよりは、キャンピングカーを持つことに価値観を見出した井上さん、そこでの鯛焼き売りが、さらなる人生の転機を生んでいく。

「次にどうやって喰っていったらいいか、という時期にきて、それじゃあ、鯛焼きをラフワークにしようということになったんです」

話を聞いているだけで、その生き方の自由度が乗り移ってくるようだ。

第2の人生の拠点、それは廃屋となった築80年の町家

ライフワークを実現する場として、奈良町に白羽の矢が立つ。2年前に、築80年ほどの町家を見つけ、そこを借り第2の人生の拠点とするも、家は廃屋同然。柱の下はシロアリにやられているわ、大水で床下浸水しているわ、畳は落ち、土間にはかまどがひっくり返っているという目も当てられない状態だった。建築家の三井田さんが「もうちょっと待ったほうがいい」とつぶやいた意味も、そこでわかった。しかし、待ちきれなかった。いや、あえて井上さんは、廃屋でよしと決めたのかもしれない。

「だから、ここを見た人は絶対やめろって言いますよ。でもね。人間、がけっぷちに立たされたら、なんでもやりますよ」井上さんは不敵とも見える笑みを浮かべる。

すでにシロアリは駆除され、床はヒノキ材がかませられ、補強されている。電気とガス工事以外は、ほとんど自分で改修を行ったという。廃屋となった町家が次々と引き倒されていく中、自分で町家を守り、保ちたいという思いもあったのだ。2年間にわたる東京と奈良を往復しながらの格闘だった。

まだ改修作業は続いているが、今年の4月10日には“一丁焼の鯛焼き屋”としてオープンさせた。かまどがひっくり返っていた土間は、絵本がディスプレイされた、おしゃれな待ちスペースに生まれ変わった。ここで、子どもや親子連れが焼きたての鯛焼きを絵本を眺めながら待ちわびるのだ。